『リカ』への系譜~直撃!東海テレビ“愛憎ドロドロ”路線ドラマの秘密に迫る<後編>
毎週土曜23時40分~オトナの土ドラ『リカ』
現在、第2部がスタートし、「怖いけど、展開が気になる!」と話題沸騰中のオトナの土ドラ『リカ』。このドラマの大ファンで、当サイトの「試写室」でレビューを担当している 、テレビ視聴しつ 室長・ 大石庸平が、 『リカ』の企画担当で東海テレビの東京制作部長である市野直親プロデューサーを直撃!
その後編では、 東海テレビのお家芸ともいえる“昼ドラ”の系譜を受け継ぐオトナの土ドラの誕生秘話、撮影のエピソード、制作にかける思いを聞いた。
< 市野直親プロデューサー× 大石庸平 (後編)>

『火の粉』主演のユースケ・サンタリアの一言で奮起
大石:僕『火の粉』が大好きで、印象に残っているのが、主人公が登場人物をマッサージチェアに座らせて、“ムギュー”っていう揉み玉が動く音を強調させながら洗脳していくシーン。あれは強烈でした。
市野:あれね、台本が上がった時に、大爆笑したんですよ。
大石:あの場面は衝撃が大きかったです。
市野: そこで「反省文を書け!」とかね(笑)。もちろん台本のベースがあって、それを演出家たちや、出演者のユースケさんやみなさんが現場で面白がって変えていくんですけど、そういう思いが集まったドラマで、自分が手掛けた作品の中でもすごく楽しい現場でした。
撮影は、都心からだいぶ離れた場所にある倉庫の中にセットを作ってやる、という方法でやっていました。それでユースケさんが「こんなに苦労して作ってるんだから、スタジオでぬくぬくやっている奴には負けないぞ!」って(笑)。
現場にはトイレが外に一つあるだけで、それもスタッフが掃除してるみたいな…それで控室もないからおのずとみんなが同じ場所に集まるんです。そこで生まれる対話っていうのは、やっぱり現場を強くしていきますね。「こうしたら面白くなるよね 」っていう会話がすごくありました。一個一個のこだわりみたいなものが形になっていって、そのみんなの姿勢がすごく楽しかったです。

大石: そんな現場の結束があって生まれた作品だったんですね。
市野:あとは、土曜の夜の放送なので、「絶対に視聴者を眠らせない」っていうのを目指したんです。 いろんな違和感を感じてもらおうと、不思議な音をいっぱい出していて、次のシーンの効果音が先行して聞こえてきたり、しゃべっている時になぜか滝が流れてその音で何を喋っているか聞こえないとか、劇伴(伴奏音楽)も普通に使うんじゃなくて逆回転させたら奇妙な音になるなとか、そういうことで怖さを煽っていったんです。
そうして第1話が出来上がった時に、局から「不体裁」って言われたんですよ。「これ、オンエア版ですか?」って確認を受けたんですね(笑)。音がうまくのらずにずれてるし、それは狙いでやってたんですけど。でもだから逆に「それって、面白いってことなんだな」って。あれで土ドラを頑張ってみようか、っていう気持ちになりました。
土ドラにはなぜクレージーな主人公が登場するのか?
大石:「オトナの土ドラ」 ってクレイジーな主人公を何本かに一回やるじゃないですか。ああいう作品を平然とやるところがすごいなって思ってました(笑)。
市野: クレイジーかどうかはわかりませんが、キャストの方からも確かによく言われるんですよ、「この枠はそういう枠ですよね?」って(笑)。昼ドラを作っている時から、“犬が人を噛んでもドラマにならないけど、人が犬を噛んだらドラマになる”っていう考えがあって(笑)。
お昼や深夜は、ちゃんと座ってドラマを見ようとする人がほとんどいない時間帯だと思うんです。うちの昼ドラは13時30分スタートだったので、昼休みが終わってる時間なんですね。だから昼ドラのプロデューサーになった時に、視聴者が画面を見てない時にどう振り向かせるか、を教え込まれるんです。
例えば、突然ものが落ちて割れるシーンを入れたりとか、「ギャー!」って声が大きく響くとか、あとは雷がよく鳴ったり(笑)。そしたらテレビに振り向くじゃないですか。そして「振り向いたら絶対にお客さんの目を逸らせるな」って。それは土ドラに至ってもそうで、眠りそうになったら変な音がしてハッ!となる。そんなことをずっと考えています。
根本あるのは、視聴者を「土曜の夜に眠らせない」という思い
大石:今日はいくつか質問を用意してきたんですけど、今聞いたお話の中でもう3つ答えが出ちゃいました(笑)。1つ目は、普通は同じテイストのドラマでも、脚本や演出、制作会社が変わると作品の雰囲気ってかなり違ってくるはずなのに、東海テレビさんのドラマは全然変わらない。これってどんな強い意思があるんだろうって思っていたんです。だけど「オトナの土ドラ」にしかできないものをやろうという企画の選定や演出面での独自性を追求していった結果だったんだなとわかりました。
市野:特にうちの枠は、いろいろな制作会社の方と作らせてもらっています。朝ドラや大河ドラマを書かれた脚本家の方にも執筆していただきましたし、映画も大ヒットした『コード・ブルー』の西浦(正記)監督にも撮っていただいたし、もちろん脚本家や演出家の方の個性ってあるし、それは十分に発揮していただきたいと思っているんですけど、根本には“土曜に眠らせない”という思いがあります。
そういった方々にも「次のシーンが気になる作りにしたいから、余計なシーンはおかないでください」「ただ走ってるだけや、海を見てるだけはいりません」などと伝えます。「それがこの枠のつくり方ですので」っていうのは、口を酸っぱくしてお願いしています。
大石:2つ目はその“眠れない”ってことです。僕は『リカ』のレビューで、これ見たら興奮して眠れなくなるから、どういうつもりで作ってんの?って思ってたんです(笑)。だからそれが意図的な演出だったとは驚きました。
3つ目は、今回の『リカ』も『火の粉』も、効果音のつけ方がすごく特徴的…っていうか、ちょっとおかしいですよね(笑)。それがまさか昼ドラから続く視聴者をビックリさせる演出の流れから来てるんだと思うと感動しました。
昼ドラしか知らなくても、“ドラマ”の奥深さは知ることができる
市野:でも、ホントは嫌なんですよ、「昼ドラっぽいね」って言われるのは(笑)。だけど僕らは、昼ドラしか知らないから。「井の中の蛙大海を知らず」という言葉には、「井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る」と、先があると先輩プロデューサーに教えられてきました。
一つの場所にいても奥深さは知ることができる。井の中の蛙って大事なんだなって思ったんですね。だからいろんな所と組んでいると余計に、井の中の蛙であることの誇りみたいなものを感じることがあります。
大石:だからこそ「オトナの土ドラ」は枠のカラーが明確なんですね。
市野:この枠って、昔『ねるとん』(『ねるとん紅鯨団』)をやってた枠なんですよ。そんな枠をやらせてもらってるなんて、テレビっ子の僕からしたらこんなにうれしいことはない。この時間の面白さっていうのを一生懸命考えている枠なので、見ていただいた方には楽しんでほしいと思っています。
土曜の夜、『さんまのお笑い向上委員会』からの流れも面白い
大石:個人的にはその前の時間帯に『さんまのお笑い向上委員会』をやっていて、それも大好きなんですけど、クレイジーな笑いと、クレイジーな主人公のドラマが並んでいるあの編成がすごく面白いなって思っています。
市野:おっしゃるように、テレビの面白さってそこにあると思うんです。いろんなものが目の前に現れて、心が揺さぶられちゃうのがテレビの魅力。
特にそれが土曜日の夜の魅力だと思っていて、穏やかに過ごしたい平日じゃなく、土曜の夜だからこそ感情を良い方にも悪い方にも揺さぶってもいいというか、それがテレビを見る醍醐味だと思うんですよね。
例えば、知識も何も無い人がテレビをつけたらオーケストラをやっている、見たこともないのにテレビなら触れられるっていう…そういう新しい価値観を得られるっていうのがテレビの強さだと思うんです。
大石:本当は見ようと思ってなかったのに、偶然その番組に触れて心を揺さぶられたりするのがテレビの面白さですよね。あの2つの番組が並んでることで余計に感情がぐちゃぐちゃにされて、さらに眠れない効果になります(笑)。
コンプライアンスが叫ばれる時代のテレビドラマの作り方は?
市野:とはいえ、上司にずっと「ハチャメチャさがない!もっとテレビってハチャメチャだろ?」と言われていまして。「破天荒さがない!」って昨日の昼にも言われました(笑)。
大石:でも今、コンプライアンスの問題でそれが貫けないってこともありますよね。
市野:実は、僕の名刺には一応「コンプライアンス担当」って入ってるんですよ(笑)。 テレビって制限がある中で新しい面白さを出すのが役目だから、新しいドラマの見せ方も見い出せるんじゃないかって思うんです。
昼ドラの時から、制作費や時間が制限されているから「これしかできない」じゃなくて、「だからこそ考える」っていう作り方をしていて。
僕らはそれを「不自由さの中の自由」って言ってるんですけど、それこそがドラマや番組を面白くする力だなって、長いことやっていて教えられました。
大石:とはいえ視聴者からお叱りの声もあったりするのでは?
市野:それについては僕はすごく幸せなことだと思っています。例えば昼ドラの時って、3ヵ月で65話くらい放送しますが、ロケに出ると、一般の女性が寄ってきて、「あなた、あんなことしたらダメじゃないの!」って、主演の人に怒ったりするんですよ(笑)。
それってつまりお客さんはその人に対してすごく感情移入してるわけじゃないですか。それだけお客さんを熱狂させられるって、やっぱりドラマの醍醐味だと思うので、だから役者さんには「そう言われる方がいいんだ」っていつも言ってます。
はじめは疑問を持たれていたとしても、最終回までいった時に「その意図がようやくわかりました」って、取材先のみなさんが喜んでくださることがあって。そういうときはすごく嬉しいですね。
大石:取材した方にもドラマを喜んでもらえるのは嬉しいですね。
市野:そういえば、以前「このドラマをなぜ作ったのかわからない」、「何を伝えたいのかわからない」といったことを新聞の試写欄みたいなところで書かれたことがあるんです。
その後、そのドラマがある賞を獲って評価されたら、その時に記事を書かれた記者の方が「私は間違ってました」といった連絡をわざわざくださったんです。すごい方だな、と思いました。
僕は「それは間違ってると思ってないし、良し悪しって人それぞれだし感性だからいいじゃないですか」って言ったんですけど。ですが、そうやって反応をいただけることは、作り手としてはありがたいことですよね。
感情の伴った怖いものをやりたいと企画した『リカ』
大石: さて今回の『リカ』ですが、どういう経緯で企画されたのでしょうか?
市野:今回は、感情の伴った怖いものをやりたいと思って企画しました。
大石:これまでのクレイジーシリーズ(笑)と比べて、『リカ』のクレイジーな動機が、「(追い詰める男性を)愛してしまったから」と最初から明確でこれまでとちょっと違うなと思いました。
市野:例えば『火の粉』は第6話くらいまで誰も殺されていないんですね。この人がやったんじゃないかって思わせるんですけど、そうとは言い切れないっていうところに怖さが増していくんです。
だけど『リカ』の場合は逆で、はじめからもう殺人を犯していて…。『火の粉』は、単純に「どうして自分の感謝の気持ちを判ってくれないんだ!」ってやり過ぎちゃうし、『リカ』も「どうして?自分はこんなに好きなのに!」ってやり過ぎちゃうって、その辺の共通点はありますね。
意外だったのは、女性から「リカがかわいそう」っていう意見もいただいて。みんなからモンスター扱いされているけど、「こんなに好きなのにどうして届かないの?」って、純粋に相手を思っているだけなのに、って。でも男の立場からしたら「いい加減にしてくれよ」って感じですよね(笑)。ですが、そういったいろいろな感想があることに改めて面白いな、と思いました。
第2部では、リカが相手を好きになることで、他の人が幸せになり…
大石:リカは、相手を手中に収められそうな完成形に近いところまで行くんだけど、すぐその後にやり過ぎちゃって、やっぱり引かれちゃう(笑)。それがすごく面白いなって思って見てます。
市野:後半の第2部は、リカが好きになることで他の人が幸せになってしまうっていう、これまでとは違ったボタンの掛け違いが起こるんですね。
その時のリカの気持ちには、狂気だけじゃなくて、何とも表現しがたいものが生じるんです。その気持ちは悲しいのか嬉しいのか…本当の気持ちは言葉じゃ表現できなくて。
シェイクスピアで「きれいは汚い、汚いはきれい」っていうのがあるように、人間の気持ちって簡単には伝わらない。そういう部分を感じてもらえるといいなと思っています。
大石:ああいうクレイジーな役を、俳優さんは楽しまれるのか、苦しまれるのか、どちらなんでしょうか?
市野:高岡早紀さんは「最初はいろいろ考えた」と言ってましたけど、すごく楽しまれてると思います。多分、苦しんでいたら演技はできないと思うんです。ですが、視聴者にも「これは彼女にとって正しいことなんですよ、と思わせるには、どうしたらいいんだろう?」って、その部分はすごく考えられているとは思います。

『火の粉』のユースケさんも完全に楽しまれてましたね。バームクーヘンを焼くシーンで「おいしくなーれ、おいしくなーれ」って言うセリフがあるんですけど、あれはユースケさんのアドリブです。だからそのセリフを次の台本の中に入れていって、それで「何で台本に入ってるの?」って言われたり(笑)。僕らもずっと現場にいるので、役者さんが作って発した言葉が面白かったらそれを拾ったりします。
大石:これまでやったことのない役だから楽しいんですね。
市野:『絶対正義』(※)の山口(紗弥加)さんなどは、そうですね。「今までやったことのない役だから、すごく楽しくて、やりがいがあった」って言っていました。
昼ドラ時代から、役者さんの力にはすごいものがあると思っていて。それほどメジャーではないドラマかもしれないですけど、どんな小さな役の方でも、作品にかける思いがすごくあるのを感じるんです。そういう力にうちのドラマは支えてもらっているんじゃないかな、思います。
ドラマが濃厚になる時って、そういう時なんです。今回の『リカ』もそうで、役者さんを始めみんなが楽しんでやっているからこそアイデアもたくさん出てきて面白くなるんだと思います。リカの舌打の音がやたらと大きかったのも、そういうところから出たものです。

※『絶対正義』(2019年)…山口紗弥加主演。異常なまでの正義感を持つ女性が主人公の恐怖のミステリー。「コード・ブルー」を手掛けた西浦正記氏が監督で、トリッキーな映像演出も魅力的な作品。(FODで配信中)
大石:最後に『リカ』の今後の見どころを教えてください。
市野:リカの怖さっていうのは変わらないんですけど、リカが自分の好きだという気持ちに突き進んでいった時に一体周りで何が起きるのか?
今度は周りが幸せになっていくっていうギミックが入ってくるんですけど、そうなってもさらにリカが自分の思いに突き進んだ結果、リカが何を得るのか?っていうのは、一般の人には体験できないドラマならではの物語だと思うので、一緒にハマっていってほしいなと思います。
大石:リカはあんなに大矢先生(小池徹平)が好きだったのに、第2部で対象が変わるわけですよね?「なんで?」と思いました(笑)。
市野:それが人間の面白さだと思うんです。あんなに命を懸けて好きになったのに、どこかのタイミングでスッとそれがなくなるって。
人の価値観ってそれぞれだと思うので、視聴者の方にも「自分の価値観が全てじゃない。こんな価値観もあるしあんな価値観もあるし、それぞれ尊重すべきだよね」って、ドラマを通じて共有できると面白いなって思います。
大石:今日は本当にありがとうございました。最後の最後に余談なんですが(笑)、昨年放送された、市野さんがプロデュースされた東海テレビ60周年記念作品の『大誘拐2018』(※)、すっごく面白かったです。言い方は悪いかもしれませんが、あんまり期待してなかったんですが(笑)、見るとすごく引き込まれて、とても良いお話で感動しました。
市野:そんなこと言われたら涙が出ちゃうくらいうれしいです(笑)。あれは本当に今時にない、家族みんなで一緒に楽しめるドラマで、60周年だし、テレビの原点に返ったものを作ろうと思ったんですよ。
久々に生みの苦しみを感じながら作った作品で、他ではやらないドラマにしようと思ったんです。人生を語るとか、偉人とかそういう話じゃなく、高らかに笑い飛ばしちゃえ!みたいな…。だから、面白かったですよね(笑)?
※『大誘拐2018』(2018年)…岡田将生主演。出所直後の元ヤクザが大富豪を誘拐するというミステリー。東海テレビ開局60周年ドラマとあって登場人物が名古屋弁を喋る。タイトルやあらすじの印象とは全く異なるコメディテイストのエンターテインメント。