元プロ野球審判員・佐々木昌信氏、松井秀喜がバッターボックスで発した「超一流の匂い」を語る
3月2日(火)放送『石橋、薪を焚べる』
石橋貴明が文化人、ミュージシャン、タレント、アスリートなどジャンルを問わず“話してみたい”ゲストを迎え、焚き火の前でじっくり語り合うフジテレビ『石橋、薪を焚べる』。
3月2日(火)の放送は、元プロ野球審判員で、群馬県館林市の真宗大谷派覚応寺住職・佐々木昌信氏が登場。プロ野球の審判を29年続けてきた思い出や、印象に残る選手、監督などを語った。
『珍プレー好プレー』で有名な独自のストライクコールの秘密

石橋:佐々木さんって、あの、ストライクのコールでこうやって(両手で)…。
佐々木:ああ、はい。
石橋:それこそ、キヨさん(清原和博)と元木(大介)がこうやって(真似して)やる、あのよく『珍プレー好プレー』に出てくる、佐々木さんですよね?
佐々木:(笑)。そうです、はい。
石橋:ストライクのコールって、どんな形でもいいんですか?
佐々木:最初は、基本通りの形があるんですけど、経験を積んでくると自分でアレンジして、自分の体形や声の質を考慮しながら考えるんです。当時は、両手でやっている人がいなかった。たまたまメジャーリーグを見ていて、体型が私に近い人がいらっしゃったので「よし、これを真似しよう」と。まだ日本では誰もやってないのかなというところで、両手でやるようにしたんですけどね。
佐々木氏は、「よく『ゲッツ』って言われるんですけど、違うんです」と、自身のストライクコールを解説。当時、試合中に清原、元木選手らが「ゲッツ!」と茶化してきたことを「コントみたいだった」と懐かしそうに振り返った。
「入るところ間違えた」素人同然からのスタート
佐々木氏が入ったころのプロ野球の審判は、元プロ野球選手が多かったが、佐々木氏は審判員のOBからのスカウトがきっかけ。「入ってから覚えればいい」と、素人同然からのスタートだったという。

佐々木:お上りさん状態ですよね。パッと見たらテレビで見た選手ばかりなので。
石橋:いきなり1軍からやるんですか?
佐々木:いえ、違います。まずキャンプに行くんですね。1軍のキャンプに帯同して、僕らがテレビで見ていた選手のピッチングをまず体感しろと。まぁ、衝撃だったですよね。プロの世界。
石橋:(球が)見えないですよね?
佐々木:もう、わからないです。
変化球など「見えなかった」と言い、「1年目は相当きつかった」「入るところ間違えたぞ」と思ったと、佐々木氏は回顧した。
「球審」が気になるのはピッチャーよりもキャッチャー
審判員には球審、塁審など配置があるが「1球1球集中する場面が多い」球審が試合前の準備段階では、精神面で一番緊張するそうだ。
佐々木:(試合が)始まって、プレーをかけて、1球「ストライク!」とやってしまうと、スーッと落ち着いて、あとは平常心でできるんです。
石橋:先発ピッチャー(の名前)が渡されたとき、ご自身でシミュレーション的なことするんですか?
佐々木:ありますね。
石橋:投手戦になるんだろうなとか?
佐々木:僕らはね、球審やっていると、先発ピッチャーよりも、キャッチャーなんですよね。
石橋:キャッチャーの方が気になるんですか?
佐々木:気になるんですよ、球審は。ピッチャーは、得意な球、不得意な球、勝負所で投げる球、全部頭に入っているので、意外と気にならない。それを受けるキャッチャーが変わったり、球審やっていて不得意なキャッチャーが来てしまうと…。
石橋:「不得意なキャッチャー」っているんですか?
佐々木:やっぱりキャッチングなんです、キャッチャーって。ただボールを取るだけじゃなくて、ごまかさず、また、後ろには球審がいますよってことをわかっているキャッチャーがいると、やりやすいです。
石橋:やりやすい?
佐々木:ちゃんと最後までボールを見せてくれる。きっちり最後に止めてくれて、判定しやすいようにしてくれるキャッチャー。
ボールゾーンに来た球をストライクゾーンに動かしたりと、キャッチした後にミットを動かすキャッチャーの場合は、回を重ねるうちに「勘が鈍って」しまい、ストライクゾーンがブレることがあるという。
佐々木:あとは「見えない」というのがあるんですけど。
石橋:「見えない」というのは、どういうキャッチャーなんですか?
佐々木:捕ることで精いっぱいで、球審に「見てください」ってできないんですよね。もう、捕るだけ。球審の死角になって隠れてしまうんね。自分のお腹で補っちゃったり、前に出さずに引いて捕ってしまうキャッチャーというのが一番やりにくかったです。

続けて石橋は、「わざとアウトコースに構えて、実は逆球を要求しているという場合は?」と質問。
佐々木:プロ野球では、サインで結構使いますね。なので、キャッチャーが試合前に宣言してくれます。
石橋:え!?
佐々木:「佐々木さん、今日は逆球たくさん使いますから」と情報をまず与えてくれるので「よし、わかった」と。要は「サイン違い」と見られたくないんです、キャッチャーは。
石橋:バッターの目線で行くと、「外に動いたな」と思いつつ、サインは…。
佐々木:インコース。
石橋:佐々木さんは、どこで見てるんですか?
佐々木:キャッチャーとバッターの間に入るので、怖いですよね、そういう状況は。
佐々木氏は「しっかり頼むぞ。命がけで捕ってくれよ。俺、体弱いからな」などとキャッチャーに声掛けをしていたと笑わせた。
また、実際の逆球は、キャッチャーも反応が遅れて、捕球時にミットが流れることがあるが、サインの場合は「ミットがピタッと止まる」と、その違いを説明。
「良いコミュニケーションがとれるキャッチャーは、すごく試合がしやすい」と話す佐々木氏が「世界一のキャッチャー」と呼び「彼のキャッチングは、芸術モノ」「ダントツ」と絶賛する選手として、谷繁元信さんを挙げた。
「とにかく、ごまかさない。ピッチャーの球を、そのままきっちり捕る」という谷繫選手のキャッチングに、「損得や自分の都合で野球をやっていなかった」「彼には、絶対に嘘をつけないな」と思っていたと明かした。
恐怖を覚えたストレートは藤川球児投手
石橋:ピッチャーの真っすぐのすごい球を、キャッチャーに次ぐ場所で見られるわけじゃないですか。恐怖さえ覚えた真っすぐってありました?
佐々木:もう、藤川球児投手ですね。
石橋:ああ、そうですか!
佐々木:我々、仕事要らないんですよ。バッターが振ってくれるんで。「すごいな、この真っすぐは」というのを(球審という)特等席で見られたんですよね。
「唸ってくるというイメージ」という藤川投手の真っすぐは「僕が経験したピッチャーの中ではナンバー1」と語った。
さらに佐々木主浩さんの名前も挙げ「最後、9回に出てくると、ほとんど判定した記憶がない」とその投球のすごさを明かした。
「リクエスト制度」でプロ野球の魅力が薄れてしまう?
監督の抗議にうまく対応するのも「技術の一つ」と話す佐々木氏は、2018年に始まった「リクエスト制度」についても言及。
石橋:どうなんですか?僕はあの「リクエスト制度」というのはちょっとやりすぎなんじゃないかって。試合の流れの中で、アウト、セーフというところもあるじゃないですか。人間が判断しているものだから。
佐々木:テレビで見ているファンの方、球場に来ているファンの方、あと現場の選手は、(判定が)正しい方向に変わるのであれば、良いことだとは思います。ただ、当該の審判員というのは非常にせつないですね。
佐々木氏は「1つの判定で監督が抗議に来て、ある意味ショー的な要素でプロ野球というものをずっとやってきたわけですけど、機械的になってしまうと魅力が少し薄れてきてしまわないかな」と危惧した。
佐々木:我々も全力でジャッジして、監督が出てくるということは、怪しい判定だったから出てくるわけでね。だけど「私はこう見たんだ」ってせめぎ合いというか。監督と審判員がわかり合っていくようなところがあったんですよ。
監督とのやり合いによって「20代後半はだいぶ試された」と佐々木氏。「今となってはものすごくいい経験になった」と語った。
球審だけが味わえる「超一流の匂い」

また、佐々木氏は、審判員の仕事の醍醐味として「匂い」を挙げ、石橋を驚かせた。
佐々木:特に球審でしか味わえない、球審でしかわからないものってあるんですね。テレビで見ている人にも伝わらない、一番高いお金払って特等席で見ているお客さんにも伝わらない、ピッチャーにも伝わらない。それは「匂い」なんですよ。
石橋:匂い?
佐々木:ホームプレートにバッターがいて、ピッチャーの球、打ちます。いわゆる超一流のバッターはね、焦げ臭い匂いがするんです。(目の前の焚き火を指し)この匂いがするんです。摩擦で。
石橋:本当ですか!?
佐々木:これはね、絶対に伝わらないんです。テレビでは。
石橋:じゃあ、キャッチャーは感じてるんですか?
佐々木:わかってます。「あぁ、超一流の匂いだ」ってよく会話しましたよ。
石橋:誰が、焦げ臭い匂いを?
佐々木:あくまで私の基準で、私が見てきた中では、一番最後に焦げ臭かったのは、松井秀喜選手です。彼以降は現時点でいないですね、日本人では。
審判員は試合で起こったことを覚えていない!?
昨年の引退までに「2410試合」の審判を務めてきた佐々木氏。審判あるあるとして、こんな話も披露した。
佐々木:「今日どっち勝った?」ってよく聞かれるんですよ。「あれ、どっちだったっけな?」って。必ず、こういう会話なんですよね。
石橋:その日のゲームすら忘れちゃうの?
佐々木:忘れちゃってるんです。無事に終わってしまうと、どっちが勝った負けたというのは、あんまり審判って興味ないので。無事に終わっている、ということだけで、「先発ピッチャー誰だったかな?」とか、「ホームラン出たかな?」とか、結構そういう会話があるんですよ。
石橋:そうなんですか。
「(試合が終われば)次!ということで、余韻を残さない」と、審判員としてのゲームとの向き合い方を明かした。
現在は、寺の住職を務めている佐々木氏。今後は、人手不足の審判員業界の助けになるべくアマチュア審判員の資格を取って「審判員としてあちこち行きたい」と夢を語った。